水戸地方裁判所 昭和47年(ワ)340号 判決 1974年4月17日
原告 平野信
原告 平野よし
右両名訴訟代理人弁護士 安広輝
同 安徹
被告 株式会社仙湖亭
右代表者代表取締役 新井信一
右訴訟代理人弁護士 丹下昌子
右訴訟復代理人弁護士 天野等
主文
一、被告は原告平野信に対し金三五七万九、九一五円、原告平野よしに対し金三三七万九、九一五円および右各金員に対する昭和四八年七月一日より完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。
二、原告等のその余の請求を棄却する。
三、訴訟費用はこれを四分し、その一を原告等のその余を被告の負担とする。
四、この判決は原告等勝訴の部分に限りそれぞれ金五〇万円づつの担保を供するときはかりに執行することができる。
事実
≪省略≫
理由
一、原告等の子である亡孝が水戸市千波湖畔で食堂を経営する被告会社に住込み調理士として勤務中昭和四四年一二月二〇日午前一時頃本件建物西側六帖間においてプロパンガス中毒(一酸化炭素中毒)により死亡したことは当事者間に争いがない。
二、≪証拠省略≫を総合すれば、本件建物は木造二階建のドライブインであるが、階下には調理場、売店のほか客室、廊下、便所などがあり、さらに風呂場、プロパンガス風呂の焚口部分(以下本件焚口部分という)等があるが、本件事故が発生した現場附近の間取りは別紙見取図記載のとおりである。風呂釜設置場所を含む本件焚口部分の東側は帳場へ通ずる廊下と、西側は土間と、南側は風呂場と、北側は便所とそれぞれ隣接しており、本件焚口部分と右土間とは二枚のガラス戸により、右便所とはドアにより仕切られ、また右風呂場とは壁によって完全に遮断されているが、右廊下との間には間仕切りがないこと、風呂場の床に固定された浴槽の北側にある風呂釜の焚口にバーナーを挿入し、これに導入されたプロパンガスに点火し、バーナー上部にある風呂釜内部の循環水を沸かし、これを浴槽に送り込んで浴槽の水を沸かす装置となっていたこと、本件焚口部分には空気の流通をはかるための換気孔、換気扇その他の設備がなく、風呂釜には排気筒または煙突が設備されていなかったこと、そのため、風呂釜のガスが不完全燃焼を起した場合は燃焼ガス(一酸化炭素)は本件焚口部分に充満し、土間との間の仕切り戸が開放されない限り、何等間仕切りのない帳場へ通ずる廊下に排出され、附近の部屋に拡散される結果となることが認められ、右認定に反する証拠はない。
三、ところで、≪証拠省略≫を総合すれば、本件建物には亡孝以外に訴外亡勝山利が住込んでいたが、右勝山が深夜入浴のため風呂釜のバーナーに点火したこと、ところが風呂釜設備自体の清掃が不十分であって、循環器の火炎通気孔がすすで密閉された状態にあったため、排気ガスが正常に排出されず、ガスが不完全燃焼をおこし、一酸化炭素ガスが多量に排出されたこと(この事実は当事者間に争いがない)、ところが、本件焚口部分と土間との間の仕切り戸が開放されていなかったため、一酸化炭素ガスは帳場へ通ずる廊下へ排出拡散され、別紙見取図記載の本件焚口部分北側の便所の東側六帖間に充満し、そのため同所で就寝中の亡孝が前記の如く中毒死したことが認められ、右認定に反する証拠はない。
四、前記認定のように風呂場にある浴槽は床に固定されていて、風呂釜との間にある壁を通して風呂釜と連結されているので、風呂釜の設置場所も自から固定されることとなり、従って、本件焚口部分はもちろん、風呂釜自体も建物の一部として土地の工作物にあたるものというべきである。
そして、前記の如く風呂釜はその清掃が不十分であったため正常な機能を喪失するようになり、そのような危険な状態のまゝで維持、管理されて来たものであるから、それは土地の工作物の保存にかしがあったものということができるのであるが、さらに、そもそも、プロパンガスの完全燃焼には多量の空気を必要とし、しかも、ガスの燃焼については何等かの事由による不完全燃焼などの異常事態が発生しないとは限らないのであるから、風呂釜設置場所には屋外との空気の流通をはかるための換気孔または換気扇が設置され、また風呂釜自体にも排気筒または煙突の設備がなければガスの不完全燃焼などに基づく事故の発生を防止するのに十分でないのに、本件焚口部分および風呂釜にはこのような設備が全くなかったものであり、しかも、前記の如く本件焚口部分とこれに隣接する廊下との間に間仕切りがないため、本件焚口部分に充満した一酸化炭素ガスは廊下に拡散され、附近の各部屋に充満するに至る状態にあったのであるから、かかる事態が発生しないよう、間仕切りが設置されていなければならないのに、本件焚口部分と廊下との間には右の如き間仕切りの設備がなかったものであって、以上の各設備がなされていなかったことは工作物の設置にかしがあったものというべく、前記の如き工作物の保存および設置のかしが競合して本件死亡事故が発生するに至ったものというべきである(なお、被告は本件事故当時換気設備である煙突の設置が法的基準として不要とされていたと主張するが、かりにそうであったとしても、工作物の設置保存のかしは客観的に存在するか否かが問題であるから、そのようなことからは、必ずしも工作物の設置保存のかしの存在を否定しうるものとは言えない)。
五、しかして、被告が本件建物そしてその一部である本件焚口部分および風呂釜の占有者および所有者であることは弁論の全趣旨によって明らかであるから、被告は民法七一七条一項により、原告等に対し本件事故によって生じた損害を賠償すべき義務がある。
六、被告は抗弁として、亡孝が営業終了后の使用を厳禁されていた風呂釜を使用したとして過失相殺を主張するのであるが、本件全証拠によっても、亡孝が本件風呂釜を使用し、またはその使用につき何等かの関係を有することを認めることができないから、右抗弁は採用することはできない。
七、そこで、すすんで本件事故によって原告等が蒙った損害につき検討する。
1 逸失利益
亡孝は昭和一〇年三月四日生れで、死亡当時健康な独身の男子であり、調理士として月収金四万五千円を得ていたことは当事者間に争いがないから、もしも本件事故にあって死亡しなかったならば、なお六三才までの二九年間は稼働し得たものと認めるべきところ、本件事故によって死亡したため、その間の得べかりし収入を喪失したものである。しかして、その生活費を収入の二分の一としてホフマン式計算法(複式)により年五分の割合による中間利息を控除して逸失利益の現価を算出すれば、金四七五万九、八三〇円となるから、原告等は亡孝の相続人としてそれぞれ金二三七万九、九一五円づつを承継取得したこととなる。
算式=月収45,000円×12ヶ月×1/2×係数17.629=4,759,830円
2 葬儀費用
≪証拠省略≫によれば、原告信は亡孝の父としてその葬儀を執行し、金三〇万円位を支出したことが認められるが、諸般の事情を考慮し損害として請求しうる葬儀費用の額は金二〇万円と認定するのが相当である。
3 慰謝料
≪証拠省略≫によれば、原告等は亡孝が将来調理士として独立し、原告等の老后の面倒をみてくれるよう期待していたところ、本件事故にあって同人が死亡したためその希望を失い、かなりの精神的打撃を受けたことが認められるところ、本件に顕われた諸般の事情を考慮すれば、原告等の精神的苦痛はそれぞれ金一〇〇万円づつをもって慰謝せらるべきが相当であると認められる。
4 よって、原告信は合計金三五七万九、九一五円の、原告よしは合計金三三七万九、九一五円の各損害賠償請求債権を有することとなる。
八、以上の次第で、被告は原告信に対し金三五七万九、九一五円、原告よしに対し金三三七万九、九一五円および右各金員に対する「請求の趣旨拡張申立書」送達の日の翌日(それが昭和四八年七月一日であることは記録上明らかである)より完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるから、原告等の本訴請求は右の限度で正当として認容すべきも、その余は失当して棄却を免れない。
よって、民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文、一九六条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 太田昭雄)
<以下省略>